朝、某MLの報で知る。代表を退かれたということも知らなかったのでちょっと唐突な意外性のような驚きだったが、半日経つといろいろじわじわ思う事もあったり。
直接の面識は無いと言っていい。SF大会がらみで食事に行ったときに同席した事が一度あるくらいだ。(SF大会の企画とかはディーラーズとかは除く)そのころはジャンク・ヤードが創作文芸で連続して誕生日席とかの配置をもらっていた事もあって、そんなこんな事をすこし話したように覚えている。まあそれ以前からスタッフ内に多少便宜を図ってくれる方がいたり(よくある書類不備について教えてくれた名も知らぬスタッフの人とか。多謝)したので、このときのあれこれがバイアスとなっているわけでは無いと思う。
ただ米沢氏はSF大会にも昔から参加されているし、コミケがSF大会のディーラーズから生まれた事をずっと意識してくれていた。そのおかげでSFはコミケでは衰退しつつも一ジャンルとしてありつづけたのはそのおかげも強いと思うし、ジャンク・ヤードもその恩恵をを多少なりとも受けていたのでは、と思う。(思うだけで根拠は無い)
ちょいと最近思っている事があるので、この機会に大上段に振りかぶってみる。
コミケで岡田斗司夫氏の「オタク・イズ・デッド」を買った。内容については同意する所多数。私は過去たしかにオタクであったが、今でもオタクであるのかどうかは少し自信が無い、無くなっていた。今までたしかに私の頭上を覆っていたオタという傘はいつのまにかずっと小さくなって地平線の隅に少し見えるだけに感じる。もしかしたらオタクであることを止めてしまったY氏は本能的にこのことを察したのかもとかは余談。とにかく「オタク・イズ・デッド」は自分のこの奇妙な喪失感の原因を上手く説明してくれていた。
脳内で繋がったのが春ごろから大槻ケンヂ氏が週刊アスキーに連載していたバンドブームのころを振り返った自伝。そこで語られるバンドブームの終焉の情景と「オタク・イズ・デッド」の内容が奇妙に符号した。(あと大阪の古本屋で入手した「アメリカの秘密結社」とか映画「立喰師列伝」の影響も少し) 簡単に言うと、生き方や魂のあり方を指していた「ロック」という言葉が音楽の一ジャンルを指すだけの言葉になってしまったように(バンドブームではなく60年代のロックを知った上で語るべきだろうが)そして生き方を指していた「オタク」という言葉が単なるマーケットのカテゴリーを指すようになったしまったように。(さらに言えば世界を理解する手法であったSFが、単にエンターテイメントのジャンルを指すだけの言葉になってしまったように) まあ評論家であればも少しいろいろ調べてきちんと言語化するのだろーが、俺は自分の感覚で納得できてしまったのでここ止まり。そしてSFというとっくに「死んだジャンル」(ジャンルとして死んだだけでSFが死んだわけでは無い)で今もあれこれしている自分にはまあどーという事は無い。そりゃたしかに寂しいとは思うけど、多分その終わりはとっくに始まっていたのだろう。「電車男」が映像化されたあたりからかなあ、引き返す事が出来ない終わりの始まりを意識しだしたのは。
米沢氏の死で、コミケは変わってゆくだろう。それはおそらく、私が失われつつあると感じるものが更に失われてゆく方向へ。もしかしたらオタクは米沢氏と共に終わったと語られるのかもしれない。「コミケはオタクという人種の祭りだったが、今ではオタクというジャンルの即売会になった」と。
それでも一部はその魂を残してゆくだろう。SFの魂が今でも受け継がれているように。
その早すぎる死に、お悔やみを申し上げる。
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